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Sadaharu Horio
堀尾貞治

1939年 神戸市兵庫区に生まれる。
1954年 美術教師や民芸運動に徹した叔父の影響で、15歳の時に一生美術を続けることを決心。
中学卒業後は三菱重工神戸造船所へ入社(98年の定年まで勤め上げる)。
1957年 第10 回芦屋市展(以後連続出品)
1965年 第15回具体美術展に会員外で初出品。
1966年 具体美術協会会員となる(72年の解散まで在籍)。
1968年 堀尾貞治個展(グタイピナコテカ・大阪)
1979年 東門画廊の主宰を務める(85年まで)。
1985年 「あたりまえのこと」というコンセプトのもと、様々なオブジェに毎日特定の色を一色塗り 重ねる行為を開始(現在も継続中)。
2002年 個展「堀尾貞治展 あたりまえのこと」(芦屋市立美術博物館)で会期38日間継続した パフォーマンスを行う。
2003年 「空気美術館in兵庫運河」(4月~翌年3月まで1年間)現場芸術集団「空気」とともに インスタレーション、 パフォーマンスなどを継続的に展開。
2005年 横浜トリエンナーレ2005では、会期中82日間毎日日替わりでパフォーマンスを行う。
2014年 個展「あたりまえのこと〈今〉」(BBプラザ美術館・兵庫)ではこれまで毎朝1色を塗り 重ねてきたオブジェが壁一面に展示される。
「Sadaharu Horio – Atarimae-no-koto」展(スウェーデン・ゴットランド島)

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堀尾貞治が具体美術協会に加わった1966年は、同協会が新人獲得を盛んに進めていた時期であり、同年には聴濤襄治らが、前年の65年には今井祝雄やヨシダミノルら約11人が新会員として加わっている。協会が急激に組織を拡大し、いわゆる具体第三世代が“従来の絵画”を打ち破るべく活躍していくなか、堀尾はあくまでも独自の哲学とコンセプトに従いながら、自らの制作を淡々と続けてきた。
目には見えない“空気”という存在を“あたりまえのこと”と表現し、“空気”の具現化を目指して制作活動を続ける堀尾貞治は、1985年以降、身の回りのあらゆるものに毎日一色ずつ色を塗り重ねる“色塗り”を続けている。一見何の意味も持たないこの行為も、毎日の極めて単純な行為の集積造形として存在し、30年以上続けてきた現在それは“行為の蓄積”という形の作品となっている。そしてそれは、これからも続いていく。今回展示する絵の具箱のふたに色が塗られた物体、これも堀尾の日常の一部を抜き取ったものにすぎず、“行為の残骸”であると言える。また、年間100を超える個展での発表やパフォーマンスイベントの開催など、芸術を日常に取り入れるべく、また日常が芸術になるべく、忙しなく活動を続けているが、堀尾にとってこれは“あたりまえのこと”なのだろう。

日常を積み重ねていくという生涯をかけたパフォーマンスを日々進行させているなかで、堀尾は自らの姿勢を以下のように述べている。 「“あたりまえのこと”というのは“生きてるということ”をいってるわけであり、自分の存在する かぎり続く」