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Chiyuu Uemae
上前智祐

1920年 京都府中郡奥大野村(現在の京丹後市)に生まれる。
1932年 12歳の時「中村美術京染洗張り悉皆店」に見習奉公に出る。このとき縫い作業を経験。
1944年 兵役後、舞鶴に戻り肖像画家の看板を掲げ生計を立てるかたわら、油彩画の習得に励む。
1947年 二紀会第1回展に出展し入選。黒田重太郎に師事し、本格的に油彩画に取り組む。
1949年 神戸に出てクレーンマンとして働く。
1952年 第2回現代美術家クレパス画展において吉原治良の作品に出会う。
     翌年、11月吉原治良の家を初めて訪問し、以後師事。
1954年 「具体美術協会」結成に参加(第1回展より解散まで出品)。
1957年 第7回モダンアート展新人賞受賞(70年まで出品)
1972年 具体美術協会解散。
この年からマッチの軸を塗り固めた作品や、布と糸による“縫い”の作品を制作。
1999年 「上前智祐―集合と稠密のコスモロジー」兵庫県文化賞受賞(大阪府立現代美術センター)
2001年 上前智祐80歳作品の不思議展 (伊丹市工芸センター・兵庫)
2005年 「縫う人―針仕事の豊かな時間」(ボーダレス・アートギャラリーNO-MA・滋賀)
「上前智祐と具体美術協会」(福岡市美術館)
2008年 「点と面の詩情」(和歌山県立近代美術館)
2012年 「『具体』―ニッポンの前衛18年の軌跡」(国立新美術館・東京)
2012-13年 「卒寿を超えて「上前智祐の自画道」(BBプラザ美術館・兵庫)
2013年 「具体・素晴らしい遊び場」(グッゲンハイム美術館・ニューヨーク)
アーモリーショー (ニューヨーク)
2014年 「上前智祐展―時を刻む―点描・マッチ・縫い・版画 」(大阪府立江之子島文化芸術創造センター)

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上前智祐は95歳になる今日も精力的に制作活動を続けている。京都府中郡奥大野村に生まれた上前は10代の頃より旗染店や洗い張り店を転々としながら、通信教育で挿絵や南画を学び18歳の時、画家を志して神戸に出る。具体美術協会が発足する2年前から吉原治良に師事し、1972年3月に同協会が解散するまでの18年間にわたり、吉原の教えを受け続けた。
具体の初期メンバーの中で村上三郎、白髪一雄、嶋本昭三らが、アクションやパフォーマンスで華々しくデビューしたのに比して、上前はタブローに克明にペイントする手法を固守し、その制作スタイルを終生変えることがなかった。短いタッチの集積・積層により生み出される点描画や、無数のマッチの軸やおがくずを絵の具で塗り固め画面を盛っていく様には、上前がひとつひとつの作品と向き合った膨大な時間が表れている。
上前作品からは他の具体作家のようなアクション特有の疾走感や躍動感は感じられない。しかし反対に他とは圧倒的に異なる重厚感や密度を持つ。徹底した緻密な手作業の積み重ねにより続けられてきた上前の作品は“行為の集積”であると同時に“時間の集積”として存在し、これはすなわち“静かなアクション”をタブローの中に封じ込めた結果であると言えるのではないだろうか。